死体愛好家の少年
またしても戦前の東京朝日新聞から。
1938(昭和13)年1月16日、神奈川県高座郡綾瀬村の人里離れた山中で、女性の変死体が見つかった。
変死体は腹部を刃物で立割られた裸体でその上に単衣様のもの二枚をかけ更に菰を被せて隠してあり殺害後遺棄したものか或は死人に悪戯をしたものか不明である、因みに同地方は一般に土葬が行われている
この最後の1文が、事の真相に大きく関わっていた。
同月19日には「犯人は18少年 神奈川の猟奇事件」と題され、捜査から判明した顛末が手短に記されている。
犯人は同村の18歳少年。「女の肉体に好奇心をもつ」少年で、同月11日に病死した女性の土葬死体を掘り出し犯行に至ったという。
同少年は昨年一月にも土葬した嬰児の死体を発掘検挙されたもので二度目の犯行である
紙面からは、それ以上の情報は得られなかった。
参照:
東京朝日新聞 1938(昭和13)年1月17日 朝刊 11頁「他殺か?山林に女の変死体」.
東京朝日新聞 1938(昭和13)年1月19日 朝刊 11頁「犯人は18少年 神奈川の猟奇事件」.
日本橋の吸血魔
戦前の東京朝日新聞に、こんな記事が載っていた。
「精神病者の生き血を絞る 娘をヲトリに使ふ 世にも恐しい偽医検挙」
府下五日市警察署では五日早朝から日本橋区亀島町一ノ四二矢追駒次郎(六二)を引致し世にも珍しい吸血魔として厳重取調中である
その顛末はこうらしい。
同年春、とある精神病患者の家族が医者を探していると、同氏が「自分は独特の治療法を施す」と現れた。同氏に治療を任せたところ、6回にわたって患者の動脈を切った。
1回に1合ほどの血液を搾り取り、治療費として25円ずつを請求。しかし患者はこの治療によって死亡してしまった。そこで家族が同氏を不審に思い、警察に届け出て検挙に至った。
取調べでは次のようなことが明らかになった。
医師の資格をもたない同氏は、医専を卒業した長女を院長にみせかけ自宅に病院の看板をかかげた。その裏で自分のことを「大先生」「博士」などと呼ばせ、精神病に対しまだ医学界で知られていない独特の治療法を持っている、秘密裡に申し込んだ者だけに対応する、として獲物を集めていた。
同氏にかかった人は「血療法」として血を搾り取られ、1回あたり25〜40円の治療費をせしめられたという。
犯罪の露見を恐れ、同氏は他の医者にかかっている者は決して治療を施さず、また同氏にかかった者は他の医者にかかることだけでなく、他言すら禁じられていたそうだ。
記事では長女も共犯として取調中である、と述べられている。
集めた血はどうしていたのだろう。気になったが、残念ながら少し調べただけではこの事件の詳細を見つけることができなかった。
参照:
東京朝日新聞 1930(昭和5)年6月6日 夕刊 2頁「精神病者の生き血を絞る 娘をヲトリに使ふ 世にも恐しい偽医検挙」.
パルプ・フィクションへの憧憬
どんなに思いを募らせても、失われてしまった過去の文化は体験できない。レプリカはあっても、その時代の空気に触れ、包まれることまではできない。
あらゆる記述をかき集めて想像にふけり、どんなに素敵だったろうとため息をつくしかなかったりする。
私にとってそんな文化の一つが、パルプ・マガジンだ。
パルプ・マガジンとは
パルプ・マガジンはアメリカの安価な娯楽雑誌で、パルプ紙に印刷されているからそう呼ばれる。
アメリカでは18世紀なかばに初めて雑誌が創刊された。当初は上流階級のみが享受する文化だったが、19世紀終盤には大衆雑誌が普及していった。
テレビがない当時、雑誌は重要な娯楽メディア。様々なジャンルの雑誌が競いあうように出版された。
なかでも独自の文化を築いたのが、10〜15セントほどで購入できたパルプ・マガジン。アクションとサスペンスの要素で彩られた、挿絵つきの短編〜長編、ときには連載小説も掲載された。
中流階級の人々や、ときに物好きな上流階級の人々までパルプ・マガジンを楽しんだらしい。
ニュース・スタンドに所狭しと並ぶパルプ・マガジンは、衆目を集めるため毒々しく扇情的な表紙絵で飾り立てられることもしばしばだったそうだ。
一般的に低俗なものとされてきたが、実際には幾多の傑作が生まれ、数多くの著名作家が巣立っている。
パルプ・マガジンのジャンル
記事末尾に掲載している参照文献によると、以下のジャンルが中心だったそうだ。
西部もの
探偵もの
恋愛もの
冒険、秘境もの
戦争もの
航空アクションもの
スポーツもの
怪奇もの
SFもの
スーパーヒーロー、怪人もの
猟奇もの
その他 スパイ、ギャング、ユーモア、告白、実話、エロものなど
どれも興味をそそるけれど、当方が気になるのはやっぱり怪奇もの。
怪奇ものの王者 ウィアード・テールズ
そもそもなぜパルプ・マガジンを知ったかというと、この「ウィアード・テールズ」なる雑誌名を度々見かけていたからだ。
こつこつ怪奇小説のアンソロジーを収集していると、アメリカ人作家の場合しばしば作品解説に「初出はウィアード・テールズ」や「ウィアード・テールズで活躍した作家」の旨が添えられていることがある。
創刊は1923年。パルプ誌のトレンドは総合誌からジャンル別専門誌へと移り、前節で触れたジャンル、とりわけ西部もの、探偵もの、恋愛ものが人気を集めていたようだ。
固定ファンを掴んでいた怪奇ものの市場でも何種類かのパルプが発行され、なかには傑作が載ることもあったが、多くは短命だったという。
そんななかウィアード・テールズは、1954年の終刊まで279冊を世に送りだし、現在に至るまでオンリーワンの地位を築いている。
いかに低俗なパルプ誌とはいえ、当時の社会通念と照らしあわせ不適切と思われる作品は日の目を見るのが難しかった。
しかしウィアード・テールズは、(読者のニーズに沿わないものは没にすることがあったが)どんなタブーも設けず、ユニークでときに過激な怪奇小説をどんどん掲載していった。
編集者と作家、作家と作家の間で日々切磋琢磨が繰り返され、唯一無二の雑誌、そして作家陣へと成長を遂げていったのである。
ウィアード・テールズを根城にしていた著名な作家といえば、H・P・ラヴクラフト。クトゥルフ神話で知られる彼だ。
他にもシーベリー・クイン、フランク・オーエン、ロバート・E・ハワード、エドモンド・ハミルトン、オーガスト・ダーレス、ロバート・ブロック、レイ・ブラッドベリなどなど……よだれが止まらない。
ウィアード・テールズに掲載された作品については、記事を改めて紹介してみたい。
ジャンクフードであり極上グルメでもあるパルプ・フィクション。
ごちゃごちゃした20世紀前半のアメリカの片隅で、怖い話が好きな少年少女、しばしの現実逃避を図る労働者、家事の合間に休息をとる主婦、物好きな知識人、そんな人々が粗雑な紙の上で繰り広げられる複雑怪奇なフィクションの世界に没頭したのだ。
ウィアード・テールズ関連の作品を楽しむたび、当時のアメリカにタイムスリップしてみたいという憧憬が止まらない。
参照:
那智史郎, 宮壁定雄 編著, 1988, 『ウィアード・テールズ 別巻』. 国書刊行会.
池袋のポルターガイスト
古本屋で『醫事雑考 奇。珍。怪』なる背表紙に目をひかれ、つい購入してしまった。田中香涯著、1940年発行(鳳鳴堂書店)だ。
田中香涯は1874(明治7)年大阪生まれ、解剖医として活躍した人物である。自序には次の通り、本書の目的が記されている。
本書は私の読書趣味と学問道楽と猟奇癖の三つから生れましたもので、玆に生前の遺稿の一として梓に上すことと相成りました。しかし〔中略〕決して荒唐無稽の事柄を羅列したのではありません。医事に直接或は間接の関係のある種々の奇談珍聞怪話について、浅学菲才ながらも私一流の科学的観察と考証を試みたものであります。
神話時代から執筆当時にいたるまでの不思議な話が、著者の心の赴くままピックアップされ、論じられる。戦前の作なので、分析ではやや差別的な記述もみられるが、当時の「科学的」とは何なのかを知るにはなかなか面白い一冊だ。氏が明治生まれなので、明治から昭和初期にかけての科学的・社会的・文化的背景が反映された本だといえるだろう。
妖怪話のからくりについては、井上圓了氏に反論する立場をとっているのも興味深い。
本書から、くすりと笑ってしまったエピソードをひとつ紹介したい。
池袋の女怪
こんなタイトルをつけられた節である。
江戸時代には、池袋の女性を下女として雇い、家の主人が彼女と通じると、ポルターガイストが生じるといわれていたそうだ。
たとえば、次のような記述が残されている。
ある幕吏が池袋から雇った下女と通じたところ、行灯が空中に浮かんだり、茶碗が飛んだり、台所の臼が座敷に移動したりした。下女に暇をやったら怪異は絶えた。(『耳袋』より)
ある与力が池袋生まれの農夫の娘を雇い、通じたところ、石が家の中に降り、戸棚の食器類が落ち、火鉢が転覆し、釜の蓋が浮き上がり飯の中には火が投げ入れられる、などの怪異が生じた。下女を解雇するとおさまった。(『遊歴雑記』より)
ある槍術師が池袋生まれの下女と通じたところ、家屋が振動したり、小石が家の中に飛んできたり、障子が突然燃えたり、朝飯の釜が屋外へ飛んでいったりした。(『彗星』3月号、松居松翁氏の記述より)
典型的なポルターガイストである(なお本書には「ポルターガイスト」という表現はなく、「怪異」「怪異現象」「怪事」「変事」「女怪」などと記されている)。
池袋の女性にまつわるポルターガイストは当時有名だったそうで、次のような川柳も紹介されている。個人的には、とくに最後のひとつが秀逸で笑ってしまった。
石投げをしてボロの出る池袋
下女の部屋振動こいつ池袋
瀬戸物屋どびんがみんな池袋
仁和寺のさわぎのような池袋
著者の田中氏はここで、ポルターガイストが「病的な変質性の不良男女の所為」、つまり精神に変調をきたした人間による作為であるという通説に賛同する。そのうえで、しかし主人が池袋生まれの下女に手をつけると必ずポルターガイストが生じる、下女が熟睡中にもポルターガイストが起きることへの説明は不十分だと指摘する。
そこで田中氏が主張するのは「女子共有の原始俗」つまり、村の女性を村全体で共有するという習俗とのつながりである。
かつて日本の村落には、若い女性を村の若衆で共有し、村内で婚姻させるという習俗をもつところがあった。女性が他村の男性と結婚する場合、村内の若衆の同意を得る、先に村内の若衆と結婚させてから他村に嫁がせる、などの方法がとられたという。
この習俗は民俗学でも多数文献があり、夜這い文化などとあわせて論じられることもあるのは周知の通りだ。
池袋にこのような習俗があったと明記する文献はないものの、『耳袋』やときの川柳をみるに、可能性は高いと田中氏はいう。
つまり池袋の女性がよそへ下女奉公へ行くと同じ村落の男性が絶えず監視し、主人が彼女に手をつけたとなると報復としてポルターガイスト(のような現象)を生じさせ、下女を村へ戻そうとしたのではないか、という推測だ。
この主張に説得力をもたせるような事例や論文が他にも紹介されており、「若衆どんだけ暇人やねん」という一点を無視すれば、なかなかに納得できる。
村の女性に若衆が執着することには、村落の人口減少を防ぎたいという動機が強くはたらいていたという。
本書では「産土神が人口減少を好まない」という理由づけがされていたが、神の思し召しにかかわらず、都会―村落部の格差や、村落部における人口流出と共同体の維持の必要性という社会的背景があったことは、想像にかたくない。
「若衆どんだけ暇人やねん」をふまえれば若衆報復説の説得力はやや薄れてしまうが、怪異と当時の社会情勢をリンクさせて解釈する説として、とても面白いなあと感じた次第である。
それにしても、集団で寄ってたかって小石を投げたり飯釜をぶっ飛ばしたりしている若者たち、その図を思い浮かべるとちょっと滑稽で笑ってしまう。
おトイレ古今(古事記・日本書紀編)
古本屋でふと見かけた『便所異名集覧〈増補版〉』の背表紙。
シンプルな書体に、不思議なロゴマーク(中国周時代の水鳥をかたどった銅製水差しをもとにデザインしたとのこと)。
はじめは変な本だなあと手にとったが、ページをめくるや否や、その面白さに目をみはった。
書名のとおりひたすらトイレの異名が集められ、簡単な解説が添えられる、その数総計1114語。
これからじっくり読みたいが、先日から取り組んでいた古事記・日本書紀にもおトイレ関係の記述があったなあと思い当たった。
ちょっとまとめてみたい。
トイレだけでなく用便も含まれているが、ざっとこんな感じだ。
用便の役割
スサノオがやらかした、大便を呪術に用いるというのは現代の感覚でもなんとなく理解できる。現代でも、大便はタブー、不潔などのイメージがあるからだ。
一方で、古事記でイザナギの大小便から神が生まれるエピソードは穢れとは対極で、生をもたらしている。
ミツハノメは水の神、ハニヤマヒメは土の神だ。ちなみに一書では、ハニヤマヒメはイザナギの死因である火の神カグツチと結婚し、蚕・桑・五穀をもたらすワクムスビを生んだ。つまり大便→土→食物・養蚕起源という関係があり、イザナミの大便はハニヤマヒメ単体の生だけでなく、より広い生ももたらしていることになる。
また日本書紀では、一書としてイザナギの逃走説話に小便大河が登場する。黄泉の国の住人を足止めするという意味では浄なる存在だが、対岸にそれぞれイザナギ・イザナミがいるのだから、この世と黄泉の国との境界、つまり浄と不浄の境界とも読める。
用便を浄か不浄かでわりきるより、境界とみなすほうか面白いな、というのが古事記と日本書紀からの所感だ。
便所という空間
用便だけでなく、便所という空間そのものに目を移してみよう。記述の数は少なく、殺人現場、もしくはとんでもない求婚の場の2ケースだ。
便所で殺人(古事記, 下, 履中天皇)はまあわかる。トイレでは無防備になるし、上でも述べたとおり用便、とくに大便には穢れのイメージがともなうからだ。
わからないのは便所で求婚エピソードだ(古事記, 中, 神武天皇)。求婚といっても、お便所でプロポーズしたわけではない。詳細にみてみよう。
丹塗矢伝説
三輪の大物主神(おおものぬしのかみ)が、美しい勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)に一目惚れした。彼女が大便をしようと溝(古くは溝や川の上に便所を設けた)にかがみこむと、赤い矢に変身した大物主神が溝を流れおり、彼女の陰部を突いた。
驚いた彼女が矢を床のそばに置くと、たちまち立派な男性になり、ふたりはめでたく結婚したそうな。
へ、変態だーーーー!
浅はかな感想で恐縮だが、どの箇所を読んでも変態の一言しか出てこない。
ただ面白いのが、トイレという空間がやはり浄と不浄の境界になっていることだ。たんに大便を排泄する空間であるはずが、結婚・出産につながる出会いの場となる。しかも現れたのは、神秘的な力をもつとされる赤色をまとった偉い神さまだ。ここからは神秘、生などのキーワードが垣間見える。
とはいえやはり、トイレを覗くだけでなく、さらけだされた陰部を断りなくつっついちゃう、より踏み込んで言うと勝手に交接しちゃってる、大物主神のセンスはとうてい理解できないな。
ちなみに大物主神には他にも陰部突きエピソードがある。妻・倭迹迹日百襲姫命(やまととびももそひめ)が、夜しか来ない彼に「昼間のお姿を見てみたい」と頼んだ。では櫛筥に入っているから驚かないように、と彼は承諾する。いざ櫛筥を開けてみると、そこには小蛇がいた。おどろいた妻に、大物主神は恥をかかせたと怒って帰ってしまう。倭迹迹日百襲姫命はおどろきで尻もちをついた途端に、箸で陰部を突いて亡くなってしまった(日本書紀, 巻5, 第3段, 正文)。
大物主神の正体が小蛇なことや、女性の陰部をめぐる意味合いなど興味深い要素がいくつもあるけれど、それはひとまず脇に置いておこう。なんで箸が転がっとるねんというツッコミも、ひとまず置いておこう。
ここまでみてきたトイレの「境界」という側面は、だいすきな学校の怪談にも通ずる視点だなと思っている。
古事記、日本書紀を通して、日本最古のおトイレエピソードを確認した。面白い視点がいくつも得られたので、この気分をもって『便所異名集覧』を読み始めたい。
参照:
山口佳紀, 神野志隆光 校注・訳, 1997, 『新編日本古典文学全集1 古事記』, 小学館.
小島憲之, 直木孝次郎, 西宮一民, 蔵中進, 毛利正守 校注・訳, 1996,『新編日本古典文学全集3 日本書記(2)』, 小学館.