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愛の蒸し焼き物語、道成寺ものの系譜

道成寺もの」がすきで、いろいろ調べたり集めたりしている。

清姫という少女が安珍という僧にひとめぼれし、あの手この手で誘惑をした。しかしつれない安珍。「あとでまた来るから」となだめつつ去った安珍清姫が待てど暮らせど彼は戻ってこない。怒った清姫は追いかける。追いかける。追いかけるうち蛇のすがたに变化し、それでも追いかける。道成寺の鐘のなかに隠れる安珍。蛇となった清姫は鐘にぐるぐるとりつき、鐘ごと安珍を焼き殺してしまった。「安珍清姫伝説」や「道成寺もの」とよばれる話のあらすじだ。

 

道成寺ものを知ったきっかけは、東京国立近代美術館で出会った村上華岳「日高河清姫図」(1919年, 重要文化財)だった。

急勾配で隆起するむきだしの土肌にかこまれ、黒い笠、淡い藤色の着物をまとった白い女性が、川にむかって駆けている。吹けば飛んでゆきそうな細い身体からは、「安珍まってろこのやろう」な情熱というより、もう戻れない、追いつづけるしかない、という悲哀や諦念がせまってくる。

この絵画のまえに立った瞬間、目を奪われた。彼女の宿命が胸にせまり、なんだか他人事とは思えない、吸い込まれて一体化してしまいそうな気持ちになった。

それいらい「道成寺」ときくと、つい反応してしまう。

 

とはいえ道成寺もの、後世の創作もふくめバリエーションがあまりに膨大だ。なにから読めばいいのやら、頭を抱えていたとき古本屋で出会ったのが『道成寺絵とき本』(道成寺護持会発行)という小冊子だった。う、運命か。

この小冊子のなにがありがたいって、本家本元の道成寺が発行していることだ。抜群の信頼度といえるだろう。

 プロローグでは、道成寺ものの系譜が整理されている。たよれる道しるべになりそうだ。

 

道成寺といえばどなたもすぐに、安珍清姫の悲恋物語を連想なさるでしょう」という書き出しから、まず安珍清姫伝説の系譜がまとめられる。

平安時代の『日本法華経験記(法華験記)』にはじめて載り、『今昔物語』や鎌倉時代の『元享釈書』を経て、室町時代の『道成寺縁起』において完成したという。『道成寺縁起』は上下二巻、げんざいは重要文化財に指定され道成寺に秘蔵されている。

道成寺縁起』をもとにして能楽「鐘巻」「道成寺」が誕生、その後歌舞伎をはじめとするさまざまな芸術分野に伝播してゆき「道成寺芸術」が形成された。

 

気をつけたいのは、道成寺縁起すなわち安珍清姫伝説、とむすびつけるのは短絡的すぎるかもしれないことだ。

道成寺安珍清姫伝説より200年以上もはやく創立された。つまり道成寺縁起には、安珍清姫伝説以外のさまざまなエピソードもふくまれているのだ。

じじつ『道成寺絵とき本』プロローグでは、道成寺縁起はつぎの3つの物語からなると述べられている。ふしぎなことに、どれも女性にまつわる奇譚だ。

  1. 開創由来の宮子姫髪長譚
  2. 安珍清姫鐘巻縁起
  3. 鐘供養物語(娘道成寺

世間ではこれらの物語が混同して伝えられているきらいがあるという。

道成寺絵とき本』ではそれぞれの物語が、現代語訳でわかりやすく(ダジャレもはさみつつ)まとめられている。この小冊子をもとに、しばらく道成寺ものを探求してみたい。