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「日本霊異記」にみる海の怪異

ちょうど手元に「日本霊異記」がある。正式名称は「日本国現報善悪霊異記」、平安時代初期に編まれた日本最古の仏教説話集だ。

仏の偉大さや因果応報を学ぶ書だが、ぶっとんだエピソードがてんこもりなので、奇談をたのしむために読んでしまう。

宮子姫伝説を通じて海の怪異譚にふれたところだったので、「日本霊異記」から海にまつわる話を紹介してみたい。

とはいえ、説話によって海との関わりかたは多様だったので、まずは少しでも関連があるものをざっとまとめてみた。(蟹の話は、ややこしくなるので割愛している)

まずはそれぞれの基本情報。 

巻話 時代 主人公 時期 キーワード
上5 敏達天皇 570-580頃 屋栖野古 生前
上7   660頃 弘済禅師 生前 海, 亀
上11     慈応大徳 生前 魚, 漁師
上28 文武天皇 697-707頃 役優婆塞(最古の役小角説話) 生前
中1 聖武天皇 724-749頃 長屋親王 死後
中16 聖武天皇 724-749頃 裕福な人の召使 生前・死後・復活
下4 称徳天皇 764-770頃 婿の僧 生前
下6 称徳天皇 764-770頃 海部の峰 生前
下25 光仁天皇 775 紀臣馬養
中臣連祖父麿
生前 海, 魚, 漁師
下32 桓武天皇 783 呉原忌寸名妹丸 生前 海, 魚, 漁師
下35 光仁天皇 770-781頃 火君の氏 死後・復活 黄泉の国, 海


内容も簡単にみてみよう。 

巻話 内容
上5 海から楽器の音がした、浜に流れついた楠で仏像をつくった
上7 海に落ち、かつて助けた亀の甲羅に乗り助かった
上11 漁師が見えない炎に焼かれ、改心して漁師をやめた
上28 仙術を身につけ海上を走った
中1 僧を蔑ろにした報いで自殺に追い込まれ死骸を海に捨てられた、後に祟った
中16 生前した嫌がらせのため黄泉の国で飢えたが、生前助けた牡蠣に救われ蘇生した
下4 婿の謀りで海に落とされた舅の僧が海中で読経し、海が割れて助かった
下6 瀕死の僧に食べさせるための魚が、買い物の帰路に法華経へ変じ、また魚に戻った
下25 雇われ漁師2人が海に流され、読経して助かり、改心して漁師をやめた
下32 船事故で生き延びた漁師が、海中で祈り助かり、自分と等身大の仏像をつくった
下35 死ぬのが早すぎ現世に送還される途中、黄泉の国の大海に浮かぶ熱湯釜をみつけた

海を軸にしたざっくりなまとめなので、説話全体の構造などはあまり反映できていない。ほんとうはそれぞれとても面白いので、機会があれば詳細に紹介したい。

上28では役小角が初登場し、また興味が拡散してしまいそう!

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ここからは、気づいたことや感じたことををつらつら箇条書きで。

・髪長姫物語では、海中から光がビカビカとどくという怪奇があった。上5でも、海中から音楽がきこえるという怪奇が生じている。現代語訳では「その音は、ある時は笛・箏・琴・箜篌などを合奏している音のようであった。また、ある時は雷が鳴りとどろく音のようでもあった。昼は鳴り、夜は輝き、その音や光は東をさして流れて行った」という表現。仏像を拾う(髪長姫)、仏像をつくる(上5)という結末もなんとなく似ているなあ。

・漁師が生計のために魚を捕るのは罪(上11・下25・下32)なのに「仏法のためであれば食物では毒を食べても甘露と変り、魚肉を食べても罪とはならない。魚は姿を変えて経典となり、天の諸仏は感動して仏道を助けてくださる。これまた不思議な話である」(下6)というダブルスタンダードよ。漁師の罰され方が多様なのは興味深い、とくに見えない炎に焼かれるというのは(上11)。

・海の生き物と人間との関わりも、いくつかのパターンがあるなあ。生き物が意思をもって人間とコミュニケーションを図る(上7・中16)、そのさい人の姿になる(中16)パターン。あとは単に殺生の対象であり、コミュニケーションは発生しないパターン(上11・下25・下32)。

・死骸を海に捨てる(中1)行為や、黄泉の国の大海とそこに浮かぶ釜茹で地獄(下35)などのトピックはとても興味深いのだけど、関連知識が乏しすぎてそこから先に進めない。

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海と人の関係にとても惹かれる。自分も海が好きだし、魚も好きだし、水族館も大好きだ。古典をひもとくことで、なにか知見が得られたらとてもうれしい。

仏教説話や物語分析は守備範囲外なので、ひとまずこんなことしかできないし、専門家にしてみれば「そんなこと知ってるよ!」「そんなことも知らないのか!」という内容かもしれない。けど自分にしてみれば、ひとつずつ発見なのである。

完全に趣味のブログだけど、成長を見守っていただけるとうれしいし、アドバイスをいただけるとうれしいし、いつかこなれた口振りでアレコレ論じてみたいなあ。

最後にほんの参考として、類話表をまとめてみる。なお現代語訳や類話については、すべて小学館版(中田祝夫 校注・訳)に拠っている。

巻話 類話(参照書解説にあるもののみ)
上5 今昔物語集11-23, 扶桑略記(推古3の条), 元享釈書20拾異志, 太子伝古月目録抄(霊異記意), 上宮太子拾遺記(霊異記上巻云), 日本書紀. (いずれも推古天皇聖徳太子に注目)
上7 今昔物語集19-30 /厳恭説話系 :今昔物語集9-13, 冥報記(上-揚州厳恭説話), 法華伝記8, 宇治拾遺物語13-4, 打聞集21 /亀報恩譚 :十訓抄1-4. 法苑珠林50-報恩篇, 三宝絵詞(下26), 今昔物語集5-19
上11 三宝絵詞(中6) /地獄の業火 :日本霊異記(上16, 上27, 中10) /話末『顔氏家訓(鱓顔の子)』 の底本 :法苑珠林73-殺生部
上28 三宝絵詞(中2), 扶桑略記(文武3年の条), 今昔物語集11-3 /史料: 続日本紀(文武3年5月24日の条) /役行者伝 :本朝神仙伝, 水鏡(中), 沙石集1, 太平記26
中1 扶桑略記(神亀6年2月6日の条), 元享釈書22, 今昔物語集20-27 /史料 :続日本紀(天平元年2月の条)
中16 今昔物語集20-17 /冥界説話(日本霊異記) :中5, 7, 16, 24, 25, 下9, 19, 22, 26, 36, 37等
下4 三宝絵詞(中15), 扶桑略記(元明天皇の条), 今昔物語集14-38, 冥報記(中-蘇長説話)
下6 三宝絵詞(中16), 本朝法華験記(上10), 今昔物語集12-27, 元享釈書12(感進篇4-4), 宝物集9
下25 今昔物語集12-14
下32 -
下35 元享釈書29拾異志, 金剛般若経集験記(上-王陀魏晏説話, 中-景福寺比丘尼説話), 冥報記(中-太山廟僧説話) /冥界説話は中16欄参照

参照:
中田祝夫 校注・訳, 1975,『日本古典文学全集6 日本霊異記』, 小学館.